
珍スポット
千住には、見る角度で本数が変わる「お化け煙突」があった。
東京・足立区の千住。荒川沿いのこの一帯に、かつて「お化け煙突」と呼ばれる四本の大煙突がそびえていた。千住火力発電所の煙突である。大正15年に建てられ、高さはおよそ83メートル。当時の東京の空では、どこからでも見える巨大な目印だった。
不思議なのは、その本数だ。ある場所から見ると四本。少し歩くと三本。さらに進むと二本になり、特定の方向からは、完全に一本に重なって見えた。同じ煙突が、見る位置によって数を変える。だから「お化け」と呼ばれた。
正体は、超常現象ではなかった
種明かしは、実はシンプルだ。四本の煙突は、上から見るとひし形に配置されていた。正方形でも一直線でもなく、ひし形。このため、視線の角度によって手前の煙突が奥の煙突を隠したり、二本が重なって一本に見えたりした。
一本に見える方向も、具体的に知られていた。千住の旧区役所(現在の「あだち産業芸術プラザ」)のあたりと、本木一丁目27番の南側、荒川の左岸。この二方向から見ると、四本がぴたりと一列に重なった。
つまり、これは幾何学の話であって、怪異ではない。当時の人々も、煙突が四本であることは知っていた。発電所の設備なのだから、隠しようがない。
それでも「お化け」と呼ばれ続けた
正体が分かっていたのに、この呼び名は消えなかった。むしろ定着した。映画の題材になり(五所平之助『煙突の見える場所』)、漫画にも描かれ、昭和の東京の下町を象徴する風景として語り継がれた。子どもたちは「今日は何本に見えるか」を数えながら通学した。
理屈では四本だと分かっている。しかし、目の前で本数が変わるのを見てしまうと、その理屈が実感を追い越せない。人は、正体を知っていても、自分の目が信じられない現象を前にすると、それを「お化け」と呼ぶ。名前のほうが、説明より強かった。
残ったのは、滑り台が一本
四本の煙突は、昭和38年から解体が始まり、翌39年に完全に姿を消した。発電所自体も役目を終えた。
現在、その筒身の一部――半分に割ったコンクリートの管を滑り台に転用したもの――が、跡地に建つ帝京科学大学の千住キャンパス構内に、モニュメントとして残されている。四本のうちの、ほんの一片だ。
見る角度で数が変わった煙突は、もう空にない。残った一片は、どの角度から見ても、ただ一本にしか見えない。お化けだった頃の見え方は、写真の中にしか残っていない。


