UNDERGROUND TOKYO
「番町皿屋敷」の舞台は東京なのに、肝心の井戸がない。

歴史ミステリー

「番町皿屋敷」の舞台は東京なのに、肝心の井戸がない。

「一枚……二枚……三枚……」と、井戸の底から女が皿を数える。九枚まで数えて、十枚目がないと分かると、恐ろしい声で泣く――。日本でもっとも知られた幽霊のひとり、お菊。『番町皿屋敷』の怪談だ。

名前の通り、この物語の舞台は東京・千代田区の番町とされている。旗本の屋敷で、女中のお菊が家宝の皿一枚を失い、責め殺されて井戸に投げ込まれ、夜ごと皿を数える。「番町」という地名は、その旗本・青山主膳の屋敷が牛込御門内の五番町にあったことに由来する、という。

ところが、その番町を歩いても、肝心のものが見当たらない。井戸がないのだ。

井戸は、姫路にある

多くの人が「お菊井戸」として思い浮かべる、実際に見に行ける井戸は、東京ではなく姫路城の中にある。ただしそれは『播州皿屋敷』という、播磨国を舞台にした別バージョンの怪談に対応するものだ。皿屋敷の話は、江戸の番町を舞台にしたものと、播州(姫路)を舞台にしたものが並行して伝わっており、どちらが元祖かもはっきりしない。

さらに、神奈川県平塚市には、お菊のモデルとされる女性――平塚宿の役人の娘で、江戸の旗本・青山家に奉公していたという――の墓がある。江戸の寺にも、お菊の名を刻んだ墓碑が伝わる。

物語の「中身」にあたるもの――井戸、皿を数える声、供養される墓――は、東京の外に点在している。

東京に残ったのは、地名と坂の名

では、東京・番町には何が残っているのか。

まず「番町」という地名そのもの。一番町から六番町まで、千代田区の高級住宅地として今もある。そして、番町のなかに「帯坂(おびざか)」という坂がある。日本テレビ通りに近い、静かな坂だ。この坂には、お菊が髪を振り乱し、帯を引きずったまま逃げた場所だ、という伝説がついている。「帯坂」の名の由来を、その逃走に結びつける説がある。

井戸も、皿も、声もない。あるのは、物語を入れておくための地名と、坂の名前だけだ。

入れ物だけが、残っている

『番町皿屋敷』は、実在の事件の記録ではない。江戸時代に成立し、歌舞伎や講談で磨かれていった創作だ。だから「本物の井戸」を探すこと自体が、少し筋違いではある。

それでも不思議なのは、これほど有名な物語なのに、舞台とされる東京側には、決定的なものが何ひとつ残っていないことだ。井戸は姫路、墓は平塚と江戸の寺、モデルの女性も別の土地。東京が持っているのは、「番町」という響きと、「帯坂」というささやかな坂だけ。

物語の核心はよそへ流れていき、東京には、それを呼ぶための名前だけが残った。夜、帯坂を上るとき、足りないのは十枚目の皿ではなく、この坂がなぜ「帯坂」なのかを覚えている人のほうかもしれない。